傀儡の恋

BACK | NEXT | TOP

  67  



「……僕は……」
 ぼんやりとした視線がラウの姿をとらえる。同時にキラは口を開いた。
「湯あたりだね。眠っていれば治る」
 言葉と共に額に冷たいものが当てられる。
「気持ちいい」
 そこから伝わる感触に、キラは思わずそうつぶやく。
「そうか」
 それは良かった。ラウはそう口にすると微笑む。
「ならば、もう少し横になっていればいい」
 さらに彼は言葉を重ねると、そっとキラの頬をなでてくれる。
「はい」
 自分が小さな子どもみたいだ。
 そう思うと同時に懐かしい思い出が脳裏によみがえってくる。
 目の前にいるのは記憶の中の《彼》とは別人だ。それはわかっているのに、どうしても重なってしまう。
 そんな自分の弱さが嫌いだ。
 そう思うのに、どうしても気持ちが抑えられない。
「……そばに、いてくれますか?」
 無意識のうちにこんな言葉がこぼれ落ちる。
「キラ?」
 どうしたのかな、とラウが聞き返してきた。その声がやはり《彼》のものと重なる。
「もう、どこにも行かない?」
 ずっとここにいて、とそう告げる言葉を最後にキラの意識はまた眠りの中へと沈んでいった。

「……困ったね」
 キラが眠ったのを確認して、ラウはそうつぶやく。
「今のは君の本音なのかな」
 彼に求められるのはうれしい。
 自分だけではなく彼も《自分》に執着してくれているとわかるからだ。
 自然と口元がほころぶ。
「だが……できれば正気の時に言ってほしいと思うのはわがままなのかな?」
 キラの意識がないとわかっているからためらわずに言葉を綴れる。
「もっとも、目が覚めたら忘れているだろうけどね」
 いや、忘れていてほしいと思う。
 自分という存在はいつまでここにいられるのかわからない。
 そう考えれば彼の思いを受け入れるべきではないのだろう。だからといって、頭ごなしに否定するのも違うような気がする。
 では、どうするべきなのか。
 自問しても答えはすぐに出ない。
 いや、いくつか方法は思い浮かぶことは浮かぶのだ。しかし、それを実行する気にはなれない。
 理由は単純だ。
 どの方法も実行に移せば今の関係を完全に壊すことになる。それがいやなのだ。
 本当に自分は欲張りになったものだと思う。
 それとも、人としてはこちらの方が正しいのだろうか。
 わからないものの、そんな自分がいやではないと感じているのが一番困ることかもしれない。
「このまま起きないでいてくれ」
 そうささやきながらラウはそっと身をかがめる。
「このくらいは許されるかな」
 苦笑と共にキラの唇の端ぎりぎりのところにキスを落とす。
「許される限り、君のそばにいるよ」
 そして、こうささやく。
 この誓いは自分だけが知っていればいい。心の中でそう付け加えていた。

BACK | NEXT | TOP


最遊釈厄伝